みなさんは、毎日祈っていることってありますか。
わたしは毎朝と毎晩、4つのことをお祈りしています。
1.お祈り
お祈りといっても宗教ではありません。
自宅近くの記念碑的な石に向かってです。
Ingressのポータルにもなっていて「historic spot」と説明されている場所です。
神様でもなく仏様でもなく、他の宗教でもありません。
記念碑とは、とある昔の偉人に関するエピソードをあらわしたものとだけ書いておきます。
(詳しく書くと身ばれするので書けません。あしからず)
2.「健康」「安全」「活力」「平和」
4つのこととは、「健康」「安全」「活力」「平和」です。
どんな意味合いがあるのか、説明していきます。
わたしは、祈るって行動は好きではありませんでした。
[st-cmemo fontawesome="fa-question-circle" iconcolor="#4FC3F7" bgcolor="#E1F5FE" color="#000000" iconsize="100"]「神に祈ってどうする?」[/st-cmemo]と、そういうことをする人を馬鹿にするまではないにしても、自分はそういうことはしない人間だ、と。
それが、祈ることを始めるにいたるんです。その部分も含めて、4つのことを説明していきます。
(1)安全
祈り始めたそもそものきっかけが、わたしの勤務している事業所で事故が続いたことです。
いずれの事故も人身には影響はなかったので安堵したのですが、地域に影響を及ぼすものだったり、事故が起きた原因が止めようにも止められない、防止のために様々な取り組みをやっていてもどうにもならない理由だったりしました。
事故が起きたら、普通はその事故、あるいは類似した事故の再発防止のための取り組みをやりますが、今回の場合何に手をつければいいのかさっぱり、「なんでこんなことが起きるの? それをどう防止しろっていうんだよ!」って感じです。
それはボスも同じ(むしろ、ボスのほうが責任の度合いが高いこともあり)で、
[st-minihukidashi fontawesome="" fontsize="" fontweight="" bgcolor="#4FC3F7" color="#fff" margin="0 0 20px 0"]「せめて神様だけにでもお願いするか」[/st-minihukidashi]とのボスの一声で神社にお参りしました。
わたしはそれに加えて、自宅の近くにある記念碑に、わたし1人でもお祈りするようになったのです。
(2)健康
わたし自身の健康、家族の健康、そして職場の従業員の健康をお祈りしています。
わたしを含む家族の健康については、妻が一番の監視役であり先生でもあり、守ってくれています。彼女のおかげで、わたしや子どもたちの健康が保たれています。
が、妻が体調を悪くしたとき、ちょっと大変でした。食事、掃除、洗濯はもちろん、子ども部活の世話(昼食の準備、送迎が必要な場合など)もあります。
あれだけしっかりしている妻でも、何か起きるかもしれない。
職場にも心身の調子を崩す従業員がポツポツ出てきました。
寒くなって風邪を引いた、ウイルスに感染してインフルエンザ などは原因もわかっていたり、治療も休養もすれば治る話なのですが、人間関係がうまくいってない職場で疲れている従業員、「自分がハラスメントの加害者になっている」と被害妄想的に思い込み不安な日々を送る従業員などなど。メンタル不全予備軍、あるいはハラスメント事象ギリギリ。
もちろん、その予防には手を尽くします。が、「いつ、あいつの調子がさらに悪くなったら・・・」と心配するんですよねえ。
だから、
- 自分、そして家族みんな健康であってくれ
- 職場の彼が彼女が自分を責め過ぎないように
などと祈るのです。
(3)活力
これは自分自身についてです。
幸いわたしの職場はホワイトです。
それでも、嫌な仕事、付き合いがあまりよくない相手との仕事の予定、元気が無い等の朝には、「もっと活力がほしい」と願うのです。
リポDに頼るときもありますが、活力を与えてほしいと願います。最近疲れ気味なのかな。
(4)平和
ま、いろんな分野で平和を祈ります。
家庭内、職場内、自治会、日本、そして世界。
- 妻とちょっと揉め事があったとき・彼女を疑いすぎる自分を反省するとき
- 政治資金収支報告書を何度も訂正し身を引くことなど全然考えてない大臣を見たとき、官房長官が特定の新聞記者に不適切な対応をするとき、某国のために戦闘機を買う約束をして国民のこと・税金のことは全く考えてなさそうな総理大臣のニュースを見たとき
≫記載漏れ34件、今回3回目ですよ
潔く身を引かれたらどうですか?↑これ今月14日の国会で今井議員が
片山さつき大臣に言った言葉はい、今日4回目の政治資金収支報告書
600万円分訂正出ました仏の顔も三度まで
最早、辞任しかないでしょ
で、3人分の働きすると任命した
アベシの責任も然り😠38秒 pic.twitter.com/sQwaM1VKuU— みゆき (@m1238s) 2018年11月30日
などなど、平和を願うのです。
3.どんどん増えるかと思ったが
祈りたい項目がどんどん増えていくかと想像してましたが、これ以上は増えず、ずっと「健康」「安全」「活力」「平和」でとどまってます。
これ以外のことは祈らないのか、というとそうでもないのですが、
たくさん祈ってもバチがあたる
自分で解決すべき、乗り越えなきゃいけないこと
などと自制もはいり、4つにとどまってますね。
4.祈ることは、結局は自分に向けての自分自身の叱咤激励
祈りはじめて感じることは、祈る行為は結局は自分に向いてきます。
祈ったら誰かが、何者かが解決してくれるわけではなく、結局は自分が動く、変わるしかないことに気づいてくる。
祈りは自分と向き合うことだ、と感じています。