幸せの絶頂を一気に崩すのは●●差別だったりする、かもしれない? パート1

自分の人生を切り売りしてまでブログを運営しようとは思わないが、と書き出した記事は以前にもありました。

 

 

今回もそんな記事です。

この記事を書けるのは、辛い記憶を思い出すことが想い出とか「そんなことあったな」と酒の肴にできる程度まで時間が経過したからかもしれません。

同じような経験をお持ちの方々、いらっしゃるんじゃないかなあ。そんな方がいらっしゃったらコメントください。

簡単に言うと、むかーし、フィアンセと別れた話です。少々長文です。20年以上前の話なので、時効として許してください。

 

「こんなに人を好きになるものだろうか。その相手にもこんなに好かれるものだろうか」

そんな話。小田和正の歌詞が思い浮かびます。「1985」という曲の一部です。

 

もう誰もあんなに愛せはしない 君を愛したように

街は嘘みたいに何も変わらない 涙が

 

 

お願い

この記事に登場する人物(わたしを含む)が誰なのかわかった場合でも、(ブックマーク)コメントやSNSでの拡散時に、名前(人の名前、会社などの名前)は出さないでください。

わたしはしょうがないとしても、わたし以外の登場人物を非難したりディスったりしないでください。切なるお願いです。(現在、わたしは、この記事に登場しない別の女性と結婚し子どもも持つことができました。相手も別の男性とお子様との幸せな家庭生活を送ってらっしゃるはずです。)

大前提として、記事に登場する方々へ、ここに書いてしまうことをお詫びします。ごめんなさい。

 

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言いたいことだけポロッと書くのはつまんないので、昔を思い出しながらディテールまで書きます。自己満足な長文を読むのは読者の皆さんには苦痛かもしれないと思うので、2部に分けます。

 

今日の1部は、出会いから交際中までです。

 

1.出会い

わたしが人生最初に社会人となって配属されたのは東京のとある部門(A支店としておきましょう)でした。総務の仕事です。

神奈川県で開催される(福利厚生的な)とあるイベントは、東京にあるA支店と、同じく東京にある本社の人事部(福利厚生の担当)が参加する恒例行事になっており、参加しました。

イベント終了後懇親会になり、参加者一同が集まります。その中にとびきりかわいい女性社員(Bさんとしときましょう)がいました。

田舎出身のボクは、東京暮らしというだけで違和感のある舞い上がった生活を送ってましたが、Bさんに対して

さすが、本社やなあ。あんなかわいい女性がいる部署なんて毎日楽しいだろうなあ。田舎出身のわたしが勤務することなんかずっとないだろうけど(そしてあんなかわいい女性と接することができるのも、こういうイベントのときくらいだろうな)

という感想を抱いたのみで、距離を置いてました。

ただし、その日は、老若男女含め、お酒もはいってみんなで盛り上がったのは間違いありません。

 

2.まさかのお付き合い

それから数年。なんとわたしは、その人事部に異動になります。

Bさんと同じ課ではありませんでしたが、同じ人事部ではあります。

席が離れてはいるけど、フロアももちろん同じ。課でフロアが異なるほど大きな会社ではありません。

本社なんて出世する人物、才能ある人間しかいかない場所だと思ってましたので、わたしが異動したのは意外でした。

 

上司に、「なんで俺が人事部になったんすか?」と聞いたら、

「全国で、異動の希望先として人事部と書いてたの、お前だけだったんだよ」

とのこと。ほー、そういうものか。てか、それくらいしか理由がないのかい!(そういう上司でしたが、充実した仕事生活を送らせてもらいました。残念ながら早逝されました 涙)

人事部にいる若手社員は仲が良く、よく飲みに行きました。部内や隣の部にも同期がいたので、東京コンプレックスはなくなり、自分が勝手に感じていた壁も徐々に消えていきました。

Bさん以外にかわいい女性社員も少なくなく、そういう意味でも楽しい会社人生でした。

 

(数年後、「電磁波くんには期待してたんだけどなあ」と、上司のさらに上司にあたる人物から残念がられるまでは・・・。まあ、この記事に評価の話は関係しないので、ここだけにしときます)

 

若手社員でキャンプに行きました。キャンプから帰ってきて、荷物をおろし、さあ、各自帰宅というとき。女性社員2名が、電車で帰ると遅くなる、あるいは乗り換えた先の電車が終電が間に合わなくなる可能性がある、という状態に。そのうちの1名は、Bさんです。

キャンプで車を出していたわたしは若干欲を出し、「送りオオカミにはなりませんから、よかったら送りますよ」と2人を自宅まで送る提案をし、2人は「ほんとにいいんですか?」と言いながら、その提案を受ける(というより、2人にはわたしの提案がありがたかったようでした)ことになりました。

2人の自宅はそこそこ遠いらしい。送っていくのは時間がかかるようでしたが、夜遅くても車の運転なんかなんともなかった(むしろ車を買って間もないころで、運転そのものも楽しかった)し、田舎者のわたしは、かわいい女性2人を乗せてドライブすることがうれしくてたまらなかったんです。

3人というのも、女性たちに不安感が出ずによかったのかもしれません。ただ、一人を降ろしたあと、もう一人にとっては男1人女1人の密室になってしまうのですが。

 

(1)2人っきりになった「ドライブ」

最初に降ろしたのはBさんじゃない方の女性。つまり、その後はBさんとわたし、二人っきりでのドライブです。

わたしにはドキドキが発生しました。なんというんでしょうかね、このときの感覚。アラフィフのおっさんには適当な表現が浮かびません。好きな人といっしょにいるドキドキ感。

ただ、人生で最初に彼女を見かけ「かわいいなあ」とときめいたときよりは落ち着いていたように覚えてます。

2人っきりになってしばらく時間が経ったころ、Bさん。

電磁波さん、わたし、今付き合ってる彼氏と別れようと思ってるんです。

んんんーーーーー。なんで今、そんな話を?

動揺が走る。

 

Bさんに彼氏がいるであろうことは覚悟してました。なので「彼氏がいたのかーっ、くっそー」的な動揺ではありません。それよりも、田舎者の俺との車で、なんでそんな話をするの?ってほうの動揺です。

いずれにしても、どう返事を返したらいいのかもわかりません。わたしは、

なんかあったの?

と絞り出すのがやっとでした。

どうやら彼女は遠距離恋愛。相手のことを嫌いになったわけじゃないけど、離れているとモチベーションも保てない、恋愛していること自体に喜びが少なくなったり、疲れている感じだったようです。相手からの愛情も薄くなってたのかな。

とりあえず無難に会話は終わり、彼女を降ろしました。

この密室は、わたしにとってチャンスだったかもしれません。それに気づいたのは彼女を送り届けてから一人で、さっきの会話を反芻し、あーでもないこーでもないと運転しているときでした。夜中の1~2時頃だったかなあ、帰宅したのは。

 

Bさんが別れ話を告白した理由はなんだったのか。

  • 世間話程度で、密室の静寂を埋めたかった(とはいえ車内は静かすぎるとまでの状態ではなかったはず)
  • 恋愛相談、はたまた人生相談的な相談
  • わたしの存在を恋愛対象としてある程度意識した発言
  • それら以外

 

それがどうだったかはこの際どうでもいい。ていうか、不明。

ただただ、チャンスを逃したくやしさが盛り上がってきた。

 

それから何日後だったかなあ。

直接声をかけられない初心(うぶ)なわたしは、会社のパソコンで彼女にメールで交際を申し込みました。

無謀だとはわかった上でした。メールなんて失礼な方法だったことも。

断られるだろうとは思ってましたが、断られたらその後の仕事生活がやりにくくなるであろうことも想像していなかったし、とにかく無謀でした。

 

(2)彼女からの返事

・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・

・・・・・
・・・・・・・・・・・

彼女から届いた返信のメールは、こんな「・」(いわゆるナカグロ)がたくさん連続するメールでした。

実際にはもっと長く、何行もあるものでした。

「・」の数に意味があるのか数えたり、「・」の終わっている点を結んだらなんか単語が出てくるとかの暗号かと考え込みましたが、数学で模試満点を連続して取った経験のあるわたしでさえ解読は不可能でした。

めちゃくちゃ動揺してる

それが、この返信の意味ていうか、本音だったそう。「・」の羅列しか書けなかった、と。わたしのことは恋愛の対象とは思ってなかったみたい。

ただ、すぐに断られなかっただけでもまだよかった。こういうのも「まんざらでもない」とでも表現するんでしょうか。

遠距離恋愛で苦しんでいる状態でこんな話をするのは申し訳なかったね

というボクの不躾さの謝罪も併せて伝え理解してもらえたことも良かった。そして、そちらにケリをつける(遠距離恋愛を終わりにする)ことにはしたようでした。

 

その翌日、わたしは大胆な提案をします。

わたしの同期が遠方で結婚式を挙げる予定があり、披露宴に招待されてました。彼はホテルもとってくれたので、1泊で小旅行的な予定でした。

そこで彼女を誘ったのです。

ホテルは、その地では3本の指にはいるホテル。シングルルームは無いので、同期がボクのためにおさえてくれた部屋もツインルームでした。結婚式・披露宴を挙げるとなると半額になる、とも。

 

こんな計画なので、

 

「安全だよ、手は出しません」

「お付き合いとは関係なくても遊びに行こうよ」

 

程度のお誘いでした。

田舎者でも、東京暮らしは人を大胆にさせるものです。

 

俺は12時??分東京発の新幹線の?号車に乗ってるので、もし来るようだったら新横浜から乗ったらいいよ

 

それだけをBさんに伝えるだけは伝え、返事は聞きませんでした。

そして、いざ出発・・・

彼女は・・・乗ってきました。

恥ずかしそうにしてました。お付き合いしているわけでもないのに、お泊りの旅行です。それをOKしたこと、それが恥ずかしい、照れみたいなことだったのでしょう。

わたしと同じくらいの年代の方であれば、そうお感じかもしれません。

乗ってくることが交際OKというわけでもなかったのだけど、楽しい小旅行になることは間違いなかったはずです。

ホテルにチェックイン、ボクは披露宴に出席。その間、彼女は街をぶらぶらしてました。
そして19時に三ノ宮駅で待ち合わせ。居酒屋に飲みにいきました。お店のおかみさんがにぎやかな方で、盛り上がった記憶。

そして、交際はスタートしていました。

 

(3)交際は進み、プロポーズ

楽しい日々でした。

 

彼女ん家に行って、彼女が料理を作ってくれて。

ドライブに行って。

 

職場の慰安旅行。同じチームになり、ビールのジョッキをストローで飲む競争で他のチームと戦って圧勝したりして。

わたしのこれまでの人生は、この時のために準備されていた、と思えるほどに充実していた時間。生きていることがこんなに楽しいとは、と思えるほどに。

 


ある週末のデート。

土曜日の10時に待ち合わせ、1日デート。

その翌日の日曜日もデートしました。

次の日の月曜日、仕事を終えて独身寮に帰宅したらハガキが届いていました。彼女からでした。

「どうして? 別れたいの?」

ほんの数秒でしたが、なぜ彼女からカードが届くのか・・・、いろいろな不安が頭をめぐりました。

 

あと30分後、●●くんと逢えるデート。でも待ち遠しくてこんなカードを書いてます

 

という内容でした。

なんて幸せものだろう、ボクは。


 

数ヵ月後、カッコつけました。

Will you marry me ?

英語がしゃべれる彼女に、日本語で言えなかったわたしは英語でプロポーズしました。

しんみりした彼女が笑顔で

英語じゃわかんない

日本語で伝えたら、彼女は泣いて喜んでくれました。

 

3.ご両親にご挨拶、そして訪れる何か

彼女のお父さんは海外に勤務されていました。奥さん(Bさんのお母さん)とともに赴任されてました。

次に帰国された際、ご挨拶することに決めました。

待ち合わせた土曜日の11時、横浜そごう。

明日ご挨拶できるわたしは、たまたま開催された、前日の職場の飲み会でも楽しく、ハイに過ごし、ビールも焼酎もたくさん飲みました。

翌日目覚めたわたしは、二日酔いがひどい。

リバースしないように、そろそろと電車に乗り横浜に向かう。遅れちゃいかんことはわかっているのだが。駅から走って待ち合わせ場所に到着したのは11:20。つまり、20分の遅刻

このときのご両親、そしてBさんの表情は覚えてません。

高級な中華料理店。

ブスッとした表情のお父さんが「何か言うことあるだろ?」

お嬢さんと結婚させてください

この日ほど、ビールが酔えなかったこともありません。

2人の気持ちが一致しているなら、それが第一。あとは2人で。

と言ってくださったお父さん。でも「こいつ、大丈夫か」という思いが手に取るほどわかる、お父さんの表情。

食事が終わった後、彼女と2人。彼女が激怒していたのはご想像のとおりです。なだめるのにどんだけの想いを言葉で伝えたんだろう、時間も覚えてません。

 

近くのお店でアクセサリーを買ってなだめて、気を取り直してくれた彼女。

なんとかたどり着いた、人生最高の頂点。

Bさんとの結婚。たぶん、大丈夫。

と思っていました。

 

そこから彼女は闘い続けます。何に対して?

それは第2部へ。

 

 

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